今週のお題「プレゼントしたい本」
わたしは自分のことをわかってほしいとき、自分の好きな本を読んでもらいたいと思う。相手のことをわかりたいとき、相手の好きな本を読みたいと思う。わかってもらいたい部分を本を渡すことで伝えてきた気がする。
いつも、その時の自分のアイデンティティが伝わる本を選んできた。思い返してみたら、ある本だけは過去3回人にプレゼントしていた。そのときは今より年若く、生きることがつらかった。
過去に、3回人にプレゼントしたのはこの本だ。もちろん、そのたびに新しい本を買ってプレゼントしている。
わたしはこの本がなかったら、自殺は素敵なものだという思考から抜け出せなかったし、アル中を治そうとか摂食障害を治そうとも思えなかった。人生に、立ち向かえなかったと思う。
やっと立ち向かえたのは、坂口安吾の淡々とした語り口があまりに気持ちよくて、なんだかどうでもよくなってしまった。(安吾自身、この「どうでもよくなった」という表現をよく使う)
人は苦難と向き合ったとき、苦難を乗り越えることもあるかもしれないけれど、苦難を第三者の視点で眺めて冷静になることでやり過ごすこともあるんじゃないだろうか。少なくともわたしはそうだ。その視点を学べたのは大きな発見だった。生きるための楔みたいなものが、わたしの中に打ち込まれた。
安吾はそんなに優しい人間じゃなかったと思う。自己中でプライドも高かっただろう。だけどどこか妥協…というか折り合いをつけていくところが彼にはあって、そこがなんだか人間くさい。魅力的な作家はみんな人間くさいのだろうけど。
安吾は翻訳の仕事もしたし、推理小説も書いた。「堕落論」だけの人ではないのだ。(「堕落論」が一般的に見たら一番クオリティの高い作品だろうけど)
わたしがこの本をプレゼントしたのは、人生で合計3回。
この本をプレゼントすることで、わたしは相手に自分を理解してほしかった。1回だけ、相手からも本を贈ってもらえたことがあった。その時は嬉しかった。贈ってもらった本はわたしにはとても難しかったのだけれど、読了したときにかすかな納得感があった。
「ああ、これがあの人の根源か」
という小さな理解。人と人は小さな理解を重ねていかないと信頼しあえない。日常の挨拶や世間話が大事なのはそういう意味なんだと思う。わたしは不器用だから、本を渡してわかってもらおうとした。
ここから私信。
先日、みどりの小野さんに官能小説をプレゼントしました。
小野さんはたぶん、カレーを食べるときにルーを多めにかける人(想像です)。バランスよく食べようと努力するんだけど、どうしても白米が余っちゃう。「いだましいー(もったいない)」とか言いながら福神漬けで無理やり白米を口に詰め込むんだけど、やっぱりバランスが悪い。そんな、ご飯余らせっ子の小野さんに。
オカズをプレゼントしました。(カレーの話いらねーw)
わたしは小野さんともっと仲良くなりたいです。ちなみに、小野さんにすすめられて読んだ本は、麻耶雄嵩の「蛍」です。これ読んでミステリーにハマったと言っても過言ではない、転機の一冊でした。(ハマったのは綾辻行人だったけどw)
これをきっかけに、島田荘司の本もあらためて読むようになったし、江戸川乱歩や横溝正史の本もちょいちょい読むようになりました。(麻耶雄嵩どこいったーw)
それまでも宮部みゆきや東野圭吾とか読んでたんだけど、「小説」だと認識して読んでいた。「ミステリー」っていうカテゴリーを全く意識してなかった。面白そうな設定だから読む、この作家さんが好きだから読むっていう読み方。
小説にジャンルがあるなんて知らなかった。(マジですw)
わたしは、ミステリーは自分に余白があるときしか読めない。思考のほとんどを持っていかれちゃうから、片手間とか気分転換にはなかなか読めない。短編集ばっかり買うのは集中する余裕がないときでも読めるから。
でも、うまく余白作って、長篇のミステリーを読了すると、頭の中がはじけるくらいうれしいのな! お前かーーーーー!!! ってなるの。犯人だけじゃなく、動機やトリックも重要。上手に紡がれたミステリーは頭の中でときほぐすと、すごく気持ちがいい。心の奥(おぐ)の方が気持ちいい。
小野さん、これからも面白いミステリー教えてくなんしょ! ネタバレは無しでお願ぇすんなぁし。
ほんだば!!!←
★今日の過去記事★←えるしってるか これ結構読んでもらえるんだぜ