接客業は卒業したよ! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

「産みたいという姿勢」を見せなくてよくなった話

スポンサードリンク



こんにちは、かんどーです。


著者近影

f:id:keisolutions:20170704203302j:plain


今日は38歳事実婚、子どもなしの女性が「出産」について語るだけの記事です。こっち系の話題がお好きでない方はブラウザバックお願いします。



改行


改行



わたしは今、本当に自由に生きている。

海外一人旅も年2回は行けているし、今年は1か月半の語学留学まで行った。ふだん仕事をしている日も、仕事が終わって疲れているときは、夫に連絡すればお風呂をためておいてくれるし、帰宅してわたしが何も喋らなくても何も言われない。

 

ただし、帰宅して喋れなくなるほど激務の日もある。仕事は好きだがけして楽ではない。接客で疲れ過ぎている日は、お風呂で1時間くらい意識があるんだか無いんだかわからない状態によくなる。気づいたらお湯がぬるくて寒くなって出る。目は死んだままだし人と話もしたくないし、鏡も見たくない。電話も出られない。




友人との付き合いについては、わたしは「仕事の疲れを持ち越すタイプ」なので、ドタキャンしてしまうことがある。ドタキャンしてはいけない集まりがあるときは、前日の仕事を休みにしておく等工夫しないと、「100%友人に会う」ということができない。


わたしは接客業なので、1日の中で人から顔を見られている時間がとても長い。たぶんそれが目に見えないストレスになっているのだと思う。

 

接客中、心無い言葉を言われてもわたしは眉一つ動かさないこともできるし、わざと困ったように笑うこともできるし、どうしようもなくなったら演技で泣くことも辞さない。自然体で接客しているように見えるときも、何らかの芝居をしている。「目の前のお客さんに合った自然体」をこころがけている。

 



仕事の話はこのくらいにしよう。

 


わたしはずっと、子どもを「産みたいけど踏み切れないのよ!」というお芝居をし続けてきた。ずっと、ずっと。もういつから芝居をしていたのか、もしかしたらそっちが本心なのかの境目もわからなくなった。


ただ、周りの人が優しくしてくれるスタンスを取らなければと思っていた。会話の中で、波風を立てたくなかった。


事実婚とは言えわたしには夫がおり、ひとつ屋根の下で暮らしている。わたしが事実婚にしている理由は他者に話しても解消するものではなく、深いところまで話しても、結局日本政府の話になり、わたしの意見はそう簡単に曲がらない。わたしは生涯「籍を入れる」という形の結婚はしない。これは議論にならないレベルでわたしの信念だし、さすがにこのことを突っ込んでくる人はいない。


そうなると、次は子どもの話になる。「まだ38歳でしょう? 大丈夫よ!」「子どもは本当に可愛いよ」そう言ってくれる人の顔はとても優しく、わたしはその気持ちを無下にしたくない一心で、自分のスタンスを決めていたような気がする。


「話を聞いていたらすごく欲しくなっちゃいました! 時期が、とか言ってたらいつまで経っても産めませんよね! 今夜は家族会議して早く産めるようにがんばります!」


こんなふうに答えていた。わたしはこれが自分の本心だと信じて疑わなかった。わたしは子どもがほしいのだと思っていた。「ほしいけど、今は仕事があるから、来月留学があるから、今年は役員の家族が出産を控えているから…だから来年かなあ。うちも早く子どもがほしいなあ」と夢を見るような優しい表情を浮かべていた。あのわたしにも嘘は無かった。

 

そして実際、帰宅すると夫に「子どもが欲しいなあ」と伝えていた。夫はすべてわかっていたのだろうか。「うん、可愛いだろうねえ。でもね、子どもは大変だよ」そう言って話題を変え、いつもの自由な夫婦としての会話を始めた。

 



わたしは友達との会話にタブーを作りたくなかった。友達に子どもがいたら、子どもの話も自然にしてほしい。子どもの話を聞くのが嫌とか全然ないし、そもそも友達の人生とわたしの人生は別物だから、彼女がどういう考え方を持っていても特に構わないのである。


その日もわたしは、久しぶりに会った友達に自分から子どもの話を振った。「やっぱり子どもって可愛い?」「自分より大切になるっていう感覚がわからなくて。本当にそうなるの?」

 

友達は「可愛いよ~」「うん、自分より大切になるよ~」と答えてくれた。しかしその後、時が止まるようなことを同時に言った。


「かんどーさんさ、子どもいらないでしょ」
「イイでしょ、産まなくて」
「わたしも次の人生では子ども産まなーい」

産まないことを肯定されてしまったのである。実はこれ、初めての体験である。



わたしは過去の実例のない会話ロールプレイングにおける反応の仕方がよくわからない。「子どもは可愛いわよ」→「そうですよね~!!」の会話はパターン化されているので超楽にこなせるのだが、「子どもいらないでしょ」に対する反応はまだわたしの中で台本化されていなかったのである。


「お? お、おおおう、そう来たか」

そんな返しが精いっぱいだった。彼女は当たり前のことを話すように続けた。

「かんどーさんみたいに自由に生きてて、今さら作んなくていいでしょ」
「めんどくさいことばっかだよ」


そうそう、めんどくさいことばっかだから欲しくなかったんだよ。それに子どもいなくても、地域の子どもと関わることはできるし、子どもと接するボランティア活動とかで一緒に遊ぶと楽しいよ。これで充分満足してる。わざわざ自分の子どもいらない。


その友達と一緒にいる時間は、わたしは「自由に生きるさすらいの女」という設定で、かなり自分に近い状態で過ごすことができたと思う。外見だけ見たら彼女のほうが、痩せた体にダボダボの服をまとう「さすらい人」なのだが、実生活で彼女は子どもを育てている。今回の人生では「さすらい人」は、わたしの方なのだ。


わたしは旅を「さすらう」と表現するのが好きだ。「どこ行ってきたの」とゲストハウスの人に聞かれたら「〇〇って駅を降りて、さすらってきました」と答える。そうしてまた今年の秋にも、さすらいの旅に出る。



 

女心と秋の空はうつろいやすいから、わたし自身わたしの今の気持ちがいつまでもつのかわからない。一人の人を愛し続けるなんてわたしには無理だと思っている。普通の人にできることが、わたしにはとても難しい。


わたしは、自由に愛したい。
その時本当に好きで、本当に愛せる人を思いっきり愛したいという気持ちがある。飽きたらその愛をやめたい。別の人を愛したくなったら、そうしたい。


今の日本の法律ではそういうのは認められていないらしく、わたしの生き方は白い目で見られる。だからわたしは自分で自分に「設定」を作っている。わたしは夫が好きで、夫の家族を本当の家族のように思っていて、忙しいけれどほかに何もいらないくらい幸せだ、ああ、でももし叶うなら、夫とわたしの子どもをつくりたい…そんな設定だ。


美しいだろ?


でも実際は「わたしは夫が好きで、夫の家族を本当の家族のように思っていて」ここまでが本心なだけで、あとは作り話だ。夫の連れ子は幸いなことにマジで可愛い(二十歳過ぎてるけれども)し、人との距離の取り方もうまいので、マジで好きである。頭がいいのにそれを鼻にかけないので、遠慮なく「〇〇、超バカだなwww」とか言える。


正直、このくらいのゆるいつながりの家族で充分なのである。


わたしがいなくなったら、わたしが授乳しなかったら死んでしまう存在を手にしたいかと聞かれたら、そんなクソ重い責任、わたしには無理っすよ…というのが本音である。


しかし、そんなことを人に言ったら「なんてわがままなの」「あなたは何もわかってない」と思われ、距離を置かれてしまうに違いない。だからわたしはこれからも、人を見極めて「子ども、欲しいんですよ~!」と言い続けるだろう。息をするように自然に、相手が求めるわたしになろうとするだろう。でも、だれかれ構わずこの演技をすることは止められそうだ。


わたしに子どもがいないことを、必要以上に重く考えない人もいるとわかったからだ。


わたしは実家にまったく帰っていない。さすがに自分の親から子どもの話をされると、上記の演技をしていてもだんだん申し訳なくなってくる。演技中に演者の中の本質がむきだしになる瞬間を実家という舞台で見るハメになる。きつい。


わたしは今回の人生で、子どもは持たないだろう。


もう12年以上ピルを飲み続けていて、排卵という感覚ももうすっかり忘れてしまった。覚えているのは生理10日前から生理日までの全身のむずがゆさと、不機嫌な感情だけだ。何をされても虫唾が走る、あの嫌な感情だけが、わたしが女である証。


最後になるが、わたしはこれを書きながらとても悲しい気持ちになっている。なんのための生理だったんだろう…と思っている。子どもを産まないのに、もう25年も生理の痛みや気分の浮き沈みに苦しめられてきて、わたしの人生の3分の1くらいは「生理のための不機嫌」をがまんすることに費やされてきた。


もしもわたしに生理がなかったら、最初に入った会社で出世できていたかもしれない。
もしもわたしに生理がなかったら、もっと…


しかし、今もそれなりに幸せだ。自分の会社で、自分の得意なことを発揮できる場所があるから。だからわたしは「生理に勝った」と自分で思っている。しかし、何の役にも立たない臓器をずっと腹の中におさめたままの人生って、一体何だったんだろうと、やっぱり悲しい。勝ったけど悲しいのだ。


女の人生は、どう生きても「もの悲しい」ものになるのではないだろうか。


もの悲しくない女の生き方は、仕事も育児もバリバリのスーパーウーマンだけなのだろうか。そんなことを思うあたり、すでにわたしも何かの洗脳にかかっているのだろうか。それともわたしが悲観的なだけだろうか。


とにかくわたしはもう、だれかれ構わず「子ども欲しいです~」とは言わないようになった。「来世で産むわ」くらいの軽い気持ちで、今のフットワークの軽さを生かして、あと何回かビジネスで仕掛けられたら…と思っている。このまま今ある仕事を守るだけの人生より、もう少し攻めてみたくなったのだ。


きっとあと10年もしたら、わたしの身には誰かしらの介護が乗ってくる。それまでにいくつか、仕事を仕掛けて結果を出しておきたい。仕事って、攻めている時間は本当にフレキシブルに動かないといけないから。


子どもがいないことは、ただ「子どもいません」というだけのこと。悪いことでもなければ、少数派というわけでもない。子どもが嫌いだとも言っていない。子どもが熱を出して早退する親を憎いとも思わない。仕方ないよなって思う。病児保育の仕組みが整っていないから親にしわ寄せが行っているだけだ。


誰にも気を遣わせずに、わたしも必要以上に気を遣い過ぎずに生きてみたい。


目下の課題は、子だくさんな国へ行ったとき、わたしに笑顔で出産を進めてくる海外の友達に、今の気持ちをどう説明するかだ。それもまた考えよう。もう嘘で自分を作り上げて、その自分がみんなに好かれているところを見て陶酔するのはやめようと思った。このままの自分で、これから仕掛けていきたい。嫌われたって構わない。深く付き合えなくたって仕方ない。

演技をしすぎて本当の自分がわからなくなるような、ぼんやりとした人生はまっぴらなのだ。


それじゃあ、また明日!