接客業は卒業したよ! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

人生のイルミネーションは、点灯式だけが美しいのではない

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※クリスマス特別更新、本日と明日、二回で完結の短編小説です。興味のある方のみ、どうぞ。本日の更新分はエロなし。

 

 

 

人生のイルミネーションは、

点灯式だけが美しいのではない

 

 

若者たちは、恋する本能に従って街へ駆け出す自由を持っている。家族たちは、家の中を明るくする努力を怠らない。各種組織も、その組織に与えられし予算で精一杯、楽しげな雰囲気を演出する。それが、この国における、クリスマスいうものだった。

 

街の小さなビストロ「ルーチェ」で働く真理亜は、その日は朝から出勤であった。軽い気持ちで始めたアルバイトだったのに、家から自転車で行ける距離であることや調理経験、ワインの知識を買われて活躍していた。

 

2年たった今では、調理場で新メニュー試作もするし、料理の手が落ち着いたら、ソムリエまがいの接客をすることもあった。もっとも、ソムリエ資格を持っているわけではないので、おすすめのワインを聞かれた時に、自分がおいしいと感じたワインを紹介するだけだ。

 

 

真理亜は37歳で、独り身であった。それまでの人生は、それなりに幸せであったと思っている。燃え上がるような恋もしたし、たくさんの国へ旅をしていた時期もあった。定職に就いている学生時代の友人と違い、ボーナスももらったことがないし、貯金もほぼゼロだ。

 

本当は、ビストロ「ルーチェ」でのアルバイトは短期のつもりであった。一昨年の、やっぱり年末近くなったこんな時期、急募!!!   と書かれた紙が外に貼り出されているのを、客として来ていた真理亜が見つけたのだった。

 

ビストロ「ルーチェ」は味がよく、ワインの品揃えも手頃なのに気が利いているので、真理亜は月に一度くらい、ここで早めの夕食を取るのがひとつの楽しみだったのだ。

 

真理亜が募集の貼り紙を見ているのを、カウンター内のオーナーは見逃さなかった。オーナーは文字通りこの建物のオーナーであり、調理場を取り仕切っていた。ホールの接客は、信頼しているアルバイトふたりにまかせていた。

 

しかし、そのうちのひとりが、母親が病に倒れたため、遠い実家へ帰ってしまった。いつ戻るかもわからない。そんな中で迎える年末の一大繁忙期。猫の手も借りたいようすが「!!!」によく表れていた。

 

 

「あの、良かったら、年内だけでも......」

 

おずおずと切り出すオーナーの申し出を断る理由が、真理亜には無かった。

 

さっそく翌日から、ビストロ「ルーチェ」での仕事が始まった。母の病気が落ち着いたら戻るというアルバイトの代行として。いつでもやめることのできる、軽いアルバイトとして。

 

しかし、気づけば三か月たち、一年が過ぎた。その頃には、母が倒れて遠い実家に帰ったアルバイトの子も、実家に腰を据えて住むことに決めたと連絡があった。

 

真理亜は、ビストロ「ルーチェ」での仕事におけるギアをひとつ上げた。言われたことをするだけでなく、考えて動くようになった。

 

冷製パスタでもより映える器に盛ることを提案したり、ランチメニューにもしっかりとしたコース料理を用意した。

 

そしてワイン。真理亜は休日には必ずワインを飲む。ワイン愛好家だ。真理亜はオーナーと、ワインリストを再度見直し、ハウスボトルやGrassワインの入れ替えをいくつか試した。

 

 

 

真理亜がいつも通りに出勤したその日は、恋人たちにとって特別な夜であった。真理亜にとっては「予約の多い日」であるが、世間はクリスマスなのであった。

 

出勤してすぐ、真理亜は予約リストに目を通す。テーブル割りを考え、客同士が互いに気にならないよう、観葉植物の置き方やテーブルの角度に気を遣った。常連夫婦には、あらかじめカウンターで良いか聞いてある。こういう特別な夜は、なじみの店も店内の風景を変える。常連夫婦には、オーナーや真理亜の顔が見えるカウンターの方が良いと判断して、あえてカウンターに座ってもらうことにした。

 

 

聖なる夜。ビストロ「ルーチェ」の口開けは、常連夫婦であった。二人はカウンターに並んで腰を下ろし、「並んで座るなんて、若い頃のデート以来かもね」と照れくさそうにしている。オーナーが茶化しながら、手の込んだアミューズを準備する。

 

「今日は、何を飲まれますか?」

 

真理亜がいつもと変わらぬ顔でたずねる。妻の方が、

 

「あたし、今日はシャンパンが飲みたいわ」

 

と言い出した。この夫婦はいつも、飲み物は夫任せなので、妻の提案は大胆であった。夫は驚きつつも、嬉しそうにしている。

 

「シャンパンか、いいね。じゃあ...」

「良かったら、本日はグラスのシャンパンも二種類用意してあります」

 

本来、イタリアワインでは、発泡性ワインのことをシャンパンとは呼ばない。スプマンテ、フランチャコルタなどと称する。しかし気取らぬビストロ、そんなことはどうでもいいのである。

 

真理亜はこの日のために、口の中に最初はシュワッとした刺激。次いでぶどうの風味。最後にハチミツの味が残るスプマンテを用意しておいた。特別な日を美しく彩る一杯だ。

 

「ああ、美味しいわ」

 

そう言う妻を夫が優しく見守り、美しいアミューズ、そしてオードブルがテーブルに並んだ。

 

 

カチャ。

 

 

二組目の客は、カップルであった。男性のほうは、何度か仕事のランチタイムに来てくれている。女性は初めて見る顔だ。

 

ビストロ「ルーチェ」の聖なる夜の幕開けであった。

 

 

明日へつづく。明日完結。

 

 

 

 追記:後編書きました。

 

www.kandosaori.com