私はそのころ耳を澄ますようにして生きていた。もっともそれは注意を集中しているという意味ではないので、あべこべに、考える気力というものがなくなっていたので、耳を澄ましていたのであった。
これは、坂口安吾の「いづこへ」の書き出し。
この書き出しはある部分で再度リフレインされ、結果として「息をひそめ、耳を澄まして生きる」というとても退廃的で安吾らしくて、人間くさくて、涙が出ちゃうような不器用な生き方に、大きく心を持って行かれるのである。
青空文庫で無料で読めますから、お時間のある方は、30分程度読書はいかがでしょうか? 文体が古いから、これが読みにくい人は新しく出ている文庫本を買った方がストレートに内容をくみ取れるかもしれない。わたしは文庫本持ってます。今ならkindle版もいいかもね。
青空文庫
文庫本
坂口安吾の世界に触れまくりたい人はこちら。この本の一篇目に「いずこへ」の現代文版が入ってる。確か7篇くらい入ってて、どれも最高の名作。これと「堕落論」読めば「坂口安吾を読みました」と言ってもある程度語れると思う。まあ、ほんとにハマったら全部読んじゃうんだろうけど。
前置き長すぎですが、わたしは今、息をひそめて生きています。それは一人の時間の使い方でもあるし、仕事中のたたずまいにもあらわれている。そして、書くことに一番強く表れている。
わたしは最近、息をひそめるように書くことにしている。ワントーン落として書く、というのがしっくりくるかな。超ハイテンションで書き上げて、電子書籍を出してみたものの、まあ、自分の想像の域ぴったりの小ぢんまりとした本に仕上がったんですよね。
わたしは最近、車とか洋服とか靴とかをぱっと見せられて、その値段を言い当てるのがかなりうまくなりました。その日の外食の総額とかも当てられます。なんていうか、物事の価値判断がぶれなくなってきています。それは、仕事で常に値付けをしてきたことで鍛えられたのだと思います。自分たちの仕事を自分で評価し、適正価格をつけていく作業を7年間続けた結果、なんとなくモノやサービスの適正価格がわかるようになったのです。
それで、電子書籍も、発売前からどんな感じになるか予想していました。
予想は的中しました。
・編集の人がいないと校正、誤字脱字、落丁が出る
・そんなに売れない
・ピンポイントで面白いかもしれないけど、痛々しい
ほぼ当たった感じでこのプロジェクトは幕を閉じました。でもどうしてもやっておきたいことだったので、後悔とかはしていないんですね。変な話ですけど、そんなに期待せずに書いたのが良かったのだと思います。たとえばここで「この電子書籍をきっかけに商業出版じゃあ!」とか気合い入れてたら、そりゃあ落ち込んだことでしょう。自分の実力を過大評価も過小評価もせず、ニュートラルに見ることはだいじ。想像した通りの結果なら、落ち込むことはないんです。反省点を箇条書きにして次に活かせる。
結果として、周りの人からいろんな意見が聴けて、とても良い体験となりました。わたしにとってはこの本がスタートライン。表紙をとてもきれいに作ってもらったのは、わたしなりにこれがスタートだから、とお祝いの気持ちでした。そして、いつかほんとうに上手に書ききることができるようになったとき、表紙はそのままでまた、同じ話を焼き直すことがきっとあると思っています。何年後かわからないけど。
だから、普遍的な絵を希望していました。2010年頃の感じが伝わる…という感じ。レトロを感じるものって、大体の時代に通ずる。わたしは本当に恵まれている。素敵な表紙を見るたびに、やさしい気持ちになれる。ああ、早く誤字脱字修正しなくっちゃ。。
さて、息をひそめること。
ヨガでもそうなんですけど、ハッハッと肩で息をしていると、思考が回りません。適切な休息を取ったなら、次は呼吸。鼻から細く長く息を吸い、おなかのなかまで酸素をまわしたら、汚れたものだけを出し切るように、口からふうーっと吐ききります。吸うよりも吐くことを意識していると、うまく呼吸できます。
わたしは息をひそめて、しずかな呼吸を意識しています。
呼吸がおちついたとき、とても書きたくなります。それは何かをぶつけたいのではなくて、欲望をあてこすりたいのでもなくて、静かにいまの自分をここに書き残しておきたくなります。
誰のためでもなく、ただ書いてみること。
結構、イイです。いろんなものを断捨離するとすっきりすると言いますが、ほんとにそうです。わたしはもう自宅に余分なモノは一切ないので、あとはこうして自分の行動から無駄なものを省いて、息をひそめるように静かに書いて、生きていきたいと思っています。
人に自分の気持ちが伝わらなくても、息をひそめてそれを認める。
自分に悪意を持った人があらわれても、息をひそめてやりすごす。
何かを決断する時は、息を吐ききって即断する。
そんなかんじで今日も生きてます。
生まれて、すみませんなんて言いません。生まれた以上、静かに楽しみたいと思います。目立ちたいという気持ちを捨てて、小さく生きることの幸せが満ち満ちています。自分の食べるものだけをそっと買って、大事に食べること。お酒はほんの少しだけ、特別な時に飲むこと。(最近は、神社で祈祷うけたときに、お神酒を飲んだ)あまり人の多い場所へ行かないこと。人との関係をなるべく風通し良く保つこと。
意外とこんなかんじで良いのかもしれない。
まだまだ、息をひそめてしずかに生きていきます。打って出るときはたぶん、朝目を覚ましていきなりスーツに着替えて仕掛けに行くのだと思いますが、それはまた、別のお話。
ではまたね。