接客業は卒業したよ! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

一人旅のyoutubeがテンプレ化してきて私には刺さらない、そういうお話

こんにちは、youtubeに完全に飽きてしまった私です。


コンテンツとしては「美容」については定期的に視聴したいと思っています。化粧品は安いものではないので、実際に使った人のレビューが見たいし、なんなら実際にそれを使っているところを見てみたいという気持ちがあるからです。

そして、あーこれほしいな、絶対買おう! となる瞬間もまた楽しい。そして商品を買いに行っているときも楽しい。美容youtubeは好きです。


しかし、旅。

私は旅も同じように好きですし、なんなら化粧品より旅の方が好きかもしれません。それでも! 旅系のyoutubeについては面白いと思えないことが多いです。


最初のうちは、女性の一人旅ってこういう感じなのかー、と、一通り見てました。行く場所が変わればまた違う景色が出てくるから、それは面白いし。


しかし。。。


どの動画も「食べてばっかり」「観光は城と神社と夜景」「ホテルはドーミーインかスーパーホテル(温泉があるから)」というテンプレ通りの旅ばかりで、一回見たらもういいかな……と思って、もうしばらく見てません。。

グルメはグルメとして、食べ歩きのチャンネルなどを見るから、旅動画を見なくていいやと思ってしまったのです。

そもそもドーミーインやスーパーホテルに温泉がついていることは有名ですし……。。同じ料金ならほかのホテルより温泉付きのドーミーインやスーパーホテルを選びます。


なんていうか、それって外食するときに「サイゼリヤに行っておけば安心! 絶対美味しい!」というのと同じで、特に冒険のない選択なんですよね。どちらかというと、めっちゃ低料金でここ大丈夫!? っていうホテルとか、逆に1泊2万以上のホテルの内部を知りたいです。


けど、「旅行の醍醐味は、食べ歩き!」という人には刺さるのかもしれないです。

旅動画と言われているチャンネルを開くと、ほんとうにめっちゃ食べるので。レストランとか食堂で1人前を完食した後に必ずスイーツのお店に行ってデザートをまた食べたりします。それも小さな最中を1個とかじゃなく、パフェとかケーキ2個とか、ほんとすごく食べるんです。

それは見ていて楽しかったかもしれない。私はそんなに食べられないから……(´;ω;`)




私の旅のスタイルは、ベースが「田舎に売っていないものを見たり買ったりする」です。そう、行き先が都会なのです!! 最近では大阪が一番多いですが、それ以外の地方都市に行くこともあります。近い方が簡単に行けるし日帰りもできるので。


さて、泊まり前提だと大阪が一番多いですが、泊まるのは1泊2000円以下のホテルにしています。当然ですが、安い方が長く滞在できるからです……! 

1泊7000円くらいのホテルに泊まるのだったら、2泊くらいでやめておこうとなるものですが、1泊2000円の宿なら、7泊しちゃう? ねえ、しちゃう? みたいにどんどん旅が長期化してきますw


そうなってくると、旅の途中に「何もしないでホテル周辺ですべて済ませて過ごす日」というのもつくります。ホテルから一番近いスーパーやドン・キホーテで必要な買い物を済ませて、あとはほんの少し散歩するくらい。健康のために1駅分くらいは歩くけど、すぐ帰ってきて大浴場とか入ってのんびりして、ロビーでコーヒー飲んでほっとして、ブログを更新したりしていますね。


そういう日を作ることによって、前後の日に思いっきり遊べます! 朝起きてすぐ身支度をして、近郊の行きたい場所に行ってみたり、繁華街で思いっきりショッピングを堪能したりします。行きつけの神社がある場合はそこも行きます。(神社って、行きつけって言うの?)


3泊以上する場合は、人と会う予定を入れたりもします。各地に友人、知人がいるので、事前に連絡をしておいて会ったりします。それもまた楽しかったりしますね!


……私の場合、旅行というより「前に住んでいたところを訪問する」「気に入った土地へ、住みはしないけど定期的に行く」という感じですね。


一人旅の定義を考えなおさなければいけないかもしれません。


とりあえず、面白い一人旅動画を知っている方がいたら教えてください。見てみたいと思います。


それじゃあ、また明日!

 

やってみよう! この半年間で「よかったことベスト3」を書きだすこと!

こんにちは、私です。

昨年、パワーストーンを購入したお店があるのですが、そのお店が定期的にメッセージを送ってきてくれます。(怪しいお店ではないですw)


先日送られてきたメッセージに、「そろそろ一年が半分終わるから、このタイミングですると良いこと」として、「よかったことベスト3」を書きだすこと、とありました。

私今手帳持ってないので、このままブログに書くことにします。
良かったこと以外にもいくつか書いてみます。



この半年間で良かったこと3つ

・ずっと切れなかった髪をばっさりショートにできたこと
・家にある不用品をメルカリで売ったこと
・海外就職する、とはっきり目的を定めたこと


印象に残っていること3つ

・地方に引っ越しをして、東京や大阪の魅力に気づけたこと
・浅草とか秋葉原って美しい
・西成やっぱり落ち着く


嫌だったこと3つ

・次の目的が定まった後は、今の仕事が消化試合になってしまって退屈なこと
・近所にドトールがないこと
・前半(1月~3月)どこにも旅ができずストレスがたまったこと

 

いい買い物3つ

・ビジネス英会話の本
・かわいいマスクストラップ
・TIRTIRのマスクフィットファンデーション



……海外に行けないと、私ってすごく矮小な人間になりますね笑


もう少し自分を前進させてあげても良いかなぁと思うので、ちょっと頑張り始めようと思います。今は仕事の休日が非常に多くて、一年の半分くらいお休みなんです。いや、もう少し多いかもしれません……笑

2日働いて1日休んで、4日働いて4日休んで……みたいな感じで、週5で働くというイメージからはかけ離れた状態です。今もお休みでドトールにいるんですが。


「やらなくていいことは予定に入れない」ことも徹底するようになりました。


何でも請け負ってやり切るような、スケジュール詰め込みすぎの日々だと、いろいろ忘れてしまったり、抜けがあったりするので、それで人との縁が切れてしまったりします。

それより今は、周りの人を大切にしたいと思っています。

ただし、自分が「忙しくない」と感じることが一番大事なので、自分の時間を削ってまで人に何かすることもやめています。自分に無理がない程度でやるようにしています。


無理していたら続かないですからね。。


上記の「書き出し」は結構効果があるみたいなので、よかったらやってみてください! 自分にとって大切なもの(こだわっているもの)が見えてくるかもしれません!


それじゃあ、また明日!

スターバックスで「ストロベリー & ユースベリー® ティー」を飲みました!

こんにちは、私です。
家だとブログもその他の記事も何も書けません。


カフェに行ってやっと書ける病におかされています。これは重病です。
ドトールは歩いて40分かかるので、さすがに遠い。暑いので今日は徒歩20分のスタバに行ってきました(それでも遠いやんけw)。


ふだんはスタバで、アイスのカフェアメリカーノを頼むのですが、この日はカフェイン控え目がいいなと思い、お店の方に相談。この日のレジはイケメン風の男性でした。コーヒーをデカフェにすることもできるとのことでしたが、違うのが飲みたいと思って悩んでいると、


「こちらのストロベリー&ユースベリーティー僕も大好きですよ



だ、大好きだと? 大好き? なにそれ私目の前にいるのにそういうこと言う? そんなこと言ってどうせ甘ったるいんでしょう? 私がそう問いかけると(問いかけるなよwww)


「甘さは控え目で、中のフルーツに甘味が少しついています。さっぱりしていますよ」


さ、さっぱりしてる……だと……? 信じていいの? ねえ、私あなたを信じていいの? そう目で問いかけると(だから問いかけるなよwww)、その方はゆっくりほほえみました。「きみを受け入れるよ」のような笑みでした←絶対違うwww


私はいつものようにカフェアメリカーノデカフェを頼んでやろうかといじわるな気持ちになりました。ええ、私意地悪なんですよ。


見てください。


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ストロベリー&ユースベリーティー買いましたwwwww

 

いやお前なんなの、意志ないの、スタバの注文も一人でできないの? って感じですが、もはや仕方ないです。だってイケメン風の男性から、「大好きです」って言われて「あなたのさっぱりした性格が好きなんです」とまで言われたんですよ??←曲解も甚だしいwwww


そこまで私を受け入れてくれるのなら、私もその人を少し信じてみようと思ったんです。


「信じるわ」


手と手が重なります←おつりを返してもらっただけwwwww


そして私は席につき。
スタバを満喫していますwwwww


そんな土曜の昼下がり。
私のくだらない妄想にお付き合いいただきありがとうございました。もうしません。

それじゃあ、また明日!!!

うちのヒヨコさんを紹介します!

こんにちは!

今日は鶏さん自慢です!

 

卵をお預かりして、我が家の孵卵器で孵化させた鶏さんがいます。ちょっと珍しい鶏種です。

 

まだ産まれたてのヒヨコさんなので、少し大きくなって、免疫力がつき、親鳥と同じ餌を食べられるようになるまで、うちで暮らすことになりました。

 

ヒヨコさん!

 

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大きな鶏さんは、私が大切に飼っている雌鶏の「ぴよちゃん」です。今1歳です。

 

この2羽は親子でもなんでもないし、なんなら鶏種も違うのですが笑

 

一緒にいると親子のようなしぐさをすることがあります。写真は、ヒヨコさんがぴよちゃんの頬をつついているようすです。

 

鶏さんは「つつく」という行為で他の鶏さんと関わります。群れの中の序列を決めたりするのも、つつくことで行います。

 

しかし、ヒヨコさんがぴよちゃんをつついているのは、頬についている餌をついばんでいるか、単にスキンシップのようなものかと思います。

 

このまま仲良しで暮らしてくれたら良いなあ。。大きい方が小さい方を攻撃した場合、完全に隔離するしかないので。。当然ケガもしますしね。

 

大切に鶏さんを飼っていきたいです!

 

かわいいヒヨコさんのお写真でお別れです!

それじゃあ、また明日!

 



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これまで行ったなかでいちばん店内構造が複雑だったドトール

ここです。
このドトールです。

どこか、見当がついたかたはこっそり教えてください。


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ここのドトールは、店内がなんと二重構造になっており、一見すると普通のドトールですが、中に「異空間」がありますw

そしてわたしはこの時運よく「異空間席」に案内してもらえて、そこに座ることが出来ました。この体験はプライスレスです。この時めっちゃ興奮していたのは内緒です。


ここの店内の撮影をしたいので、また行きたいと思うドトールです!

写真が撮れたらまたアップしますね!!
驚いちゃってください!!

お楽しみに!!

それじゃあ、また明日!

過食症ではなくても夜中に過食する理由を語ります

今日は、ダイエットに関する記事です。2018年に書いたものですが、きちんと自分自身のことを書けているので、これを再掲しておきます。

※2022年現在、再度ダイエットに取り組んでいます……笑


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こんにちは、かんどーです。

 

最近になって、過去に自分がしていた黒歴史を「なぜしてしまったのか」明確にしています。正直人に話したくもない過去ばかりなのですが、「なぜそれをしていたのか」を解き明かしていくと、案外単純な動機であったり、ちゃんと理由があって、公開するのが嫌ではなくなりました。

 

 

今日は、深夜の過食のお話をします。

 

今現在、過食や拒食のケがある方は読まない方が良いです。

 

 

 

★改行★

 

 

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★改行★

 

 

 

ではいきます。

 

わたしは20代前半から28歳くらいまで、深夜に過食をする癖がありました。そして、実は今でもたまにこの症状が出るんです。わたしはこれを「ストレス」と結び付けて考えていたのですが、実はそうではなかったのです。過食にはちゃんと理由があったのです。

 

 



 

 

まず、20代前半から28歳までの過食の原因を分析しますね。

 

当時わたしは極度のダイエット(1日1200キロカロリー)をしていたため、夜ビールを飲むのが楽しみで仕方なくなり、そのうちビールが焼酎に変わり、ものすごい量を飲むようになってしまったのです。

 

そして、飲んだ後の空腹感を埋めたくて、深夜に過食する……ということが続いていました。わたしはこれをとても恥ずかしいことだと思っていました。

 

……しかし、実はそうでもないんですよね。飲んだ後に空腹感が来るのって、若いうちは普通だし、実際夜の街には「シメ」という言葉が散乱している。そう。お酒を飲んだら腹が減るのですよ。そんなの当たり前。だから「シメ」を食べて寝てただけ。ただ、ダイエットしてる人がするべきじゃない生活でした。問題なのは「食べたこと」じゃなくて「自己嫌悪」だったんです。

 

20代前半から28歳までの過食は、一切吐いてもいないし「飲んだ後の空腹感」に負けていたのが原因でした。実際問題、その生活でも体重は40キロ台だったので、過食した……とは言ってもカップ麺一個とパン一個とアイス一個とか、そのくらいの量でした。昼間ほとんど食べていないので、このくらいでは太らなかったんですね。(体調はめちゃくちゃ悪かったし、お腹だけ出た体型ではありました)

 

 

 

次に、30代以降の過食の原因を分析します。

 

わたしは28歳から31歳までの間は歩合制の仕事をしながら個人事業主として働いており、その間は過食をすることはありませんでした。ランニングを本格的に始めたのも28歳です。つまり「完全なる生活改革」を行ったわけです。毎日10キロ走っていたので、太ることもないし、ダイエットからも解放されました。

 

上記のアルコール依存症も、断酒会に通ったことにより無事立ち直りました。アルコールを飲まなければ、深夜の空腹感もありません。朝早く起きてランニングをして、ごはんは普通に食べる、健康的な生活を送っていました。

 

 

31歳で起業しました。ここからストレスフルな毎日が始まりました。

 

元々わたしは協調性のあるほうではないので、人と毎日一緒に顔を突き合わせて仕事をすること自体がストレス。そして、丸一日現場で仕事をした後でさらに夜中まで打ち合わせ、会食とスケジュールが続いていきます。それを毎日繰り返していると、習慣だったランニングができなくなり、少しずつ太っていきました。

 

太ったことは、わたしにとってものすごいストレスでした。それまでより大きいサイズのスーツを買いに行かなければならないのは屈辱でした。鏡を見るのが恐怖でした。(たぶんこういう性格が自分を追い詰めるのだと思います)

 

夜になると不安でいっぱいになり、資金繰りのことや翌日も朝から晩までフルでスケジュールが埋まっていることを思うと、仕事の一つ一つが不安になり、寝ようにも寝つけない。わたしはかかりつけの医師(発達障害の専門医)に、不眠症対策の睡眠薬を出してもらい、それを飲んで寝るようになりました。

 

 

この頃から、夜中に過食することが時折ありました。お酒を飲んでいないのに、です。

 

そしてその「たまに夜中に過食する」は不定期で続いており、わたしは「ストレスが溜まると過食するのかなあ」と思っていました。あるいは「食事量が足りていないのかなあ」とも考えました。しかしどちらも納得がいきません。こんなことやめたいのに、やめられない。

 

 

思い切って医師(発達障害の専門医)に相談してみると、こんな答えが返ってきました。

 

 

「かんどーさんには、軽い睡眠薬を出しているんだけど、それは飲んでる?」

「寝付けない時とかに、たまに飲んでいます」

 

「ストレスで薬を飲むことはある?」

「接客業なので、嫌なことを言われた時とかに飲みます。でも毎日ではありません。あと生理前は強めの薬を飲んでいます」

 

「かんどーさんに出している薬ね、寝る薬、というよりはリラックスするお薬なんだよ。あなたは頭がオーバーヒートするような使い方をするから、日中全然リラックスできていないんだよね。それで、薬を飲むと思い切りリラックスできる。リラックスすると、良くも悪くもおおらかになっちゃうから、人間の欲求として食欲もわいてきちゃうんだよな。生理前の薬は特にそれが強く出るかもな」

 

 

そう、わたしが夜中に過食するのは、睡眠薬か生理前の情緒を安定させる薬を飲んだときだったのです。

 

 

完全に盲点でした。

 

 

その後先生は、

「食べちゃったことばっかり言ってるけど、他に、寝る前の行動に異常はなかった?」

と聞いてきました。わたしは自分の行動を思い出しながら、

 

「えーっと、踊っていたり……あとはずっと同じ曲を聴き続けていたことがありました。部屋を掃除したり、部屋から不用品を集めて全部ゴミに出していたこともあります。全部、うっすら覚えてるんですよね。今やらなきゃ! みたいに急に思い立って……」

 

「うん、そういうのはリラックスして、やりたいことやってる状態だよね。確かかんどーさんは部屋にモノを置かないんだったよな」

 

「そうです。モノが無い部屋が落ち着くんです」

 

「これは注意になっちゃうんだけど、睡眠薬ってな、飲んだら布団に入って目をつぶっていないとだめなんだよ。まあ、君の場合じっとしてられなくて起き上がっちゃうんだろうから、一概に責められないけどな……とにかく、過食は薬の副作用。そう思ったら、割り切れるだろ?

 

君は悪くないからな、と言い添えてくれました。そう、これが欲しかったんです。わたしは自制の効かない自分が大嫌いになりそうだったから。

 

なんでも人やもののせいにすれば良いわけじゃないけれど、理由のある行動なら割り切れます。

 

その診察以降、なるべく睡眠薬は飲まないこと。飲んだらベッドに入って目をつぶっていること。そして、多少何かやらかしても「自分を大目に見る」ことにしました。(うちはガスコンロや火を起こす機器を一切置いていないので、火事の心配はありません)

 

 

先生は、今の症状はけして「過食症」ではないと言い切ってくれました。わたしは「自分が過食症なんてイヤだ!」と思っていたし、なんで?   と疑問に思っていたので、心が軽くなりました。

 

 

 

過食症、拒食症という言葉は、ストレス社会そして「女は見た目」「モデルは痩せている方がかっこいい」という時代の流れの中、生まれるべくして生まれた心の病です。

 

しかし、この言葉が独り歩きをしてしまい、ちょっと食習慣がおかしくなると「過食だ」「拒食だ」と思い込んでしまうことがあります。

 

わたしも、極度のダイエットをしているときは確かに「拒食症の症状」であったと思います。しかしその後の、特に睡眠薬を飲んだときに食べたことなどは、単なる「薬の副作用」であり、理由がわかったので、今ではそういう日があっても、

 

「あー、途中で起きちゃったわー。なんかしたいわー。しゃーない!」

 

と割り切っています。危ないので深夜の散歩とかはしないようにしています。家からは絶対出ません。体を動かしたいときはヨガマットの上で何やら筋トレやヨガをしていたり、気に入ったステップの練習をしたり、倒立したりしています。

 

掃除も普段より徹底的にやっています。起きたら部屋がピッカピカのことがあります。

 

なにか食べてることもあります。でもそれも「気持ち悪くなるまで」食べることは無いので、「お、お腹すいてたか!  栄養満点やな!」とサッと気持ちを切り替えて終わりにしています。毎日するわけじゃなし。大勢に影響なし。

 

 

 

問題なのは、ふだんから気を張り過ぎるこの性格ですね。。

 

 

もう、生きてる間中、何かしらに気を張ってるんですよね。その反動で、リラックスした時にばーんと「やりたかったこと」を全部してしまうんだと思います。多動も治る兆しは無いし(←w)、もうこのまま開き直って生きていきます。

 

 

最後に。

 

こういうことって、隠せば隠すほど重症になる気がします。

 

もう思い切ってオープンにしてしまえば、意外とそれが受け入れられて、大丈夫じゃんってなることが多いので思い切って書きました。

 

自分の行動で「おかしいな」と思うことがあったら、一人で抱え込まずに、お医者さんでもいいし、この人ならわかってくれるかなという人に相談しても良いと思います。

 

匿名で相談できる場所もネットならいくつもあります。精神的な問題って、抱え込んだら抱え込んだだけ大きくなって、いつか爆発する性質があると思っています。オープンにしてしまうことで事態が収束する事例はいくつもあります。

 

 

たとえばですけど……

 

夫(彼氏)がいて、一緒に眠ったあと、お腹がすいたからと、こっそり冷蔵庫の前でしゃがんで何かゴソゴソ食べていたら……相手から見たら怖いですよね。。お互い気まずいし。

 

でも、あらかじめ「夜になるとお腹すいちゃうことがあるの」と相手に伝えていて、夜中にテーブルで堂々とラーメン食べたら、どうですか。相手が起きてきてもあまり気まずくないですよね。「今日はラーメンの気分」くらい開き直る。冷蔵庫の前で隠れているよりずっといいですよ。「夜中にダンスやお片付け」をすることなども、理解を得ておく。(わたしは朝起きたら床で寝てたことが何度かあるので、見かけたらベッドに戻してもらえるよう頼んでおくことも大事です……)

 

 

何事も、「病的感」が出ると途端に人はドン引きします。オープンにすることで、問題が小さなものに変わっていくことはよくあります。

 

 

生きてると、自己嫌悪、僻み、うまくいかないことの連続です。うまくいくことの方が少ない。だからこそ、うまくいかないことで必要以上に悩まないように、うまく開示して、少しでも生きやすくなればいいなと思います。

 

 

夜中の過食は「過食症」と決めつける前に理由を見つけろ、というお話でした。すべてわたしの体験にもとづいたものです。

 

 

本当に過食症、拒食症の場合は、思考の部分からしっかりと治療することが必要です。命に関わるから。

 

自分のことって意外とわからないものです。少しでもおかしいと思ったら早めの受診をおすすめします。

 

 

 

それじゃあ、また明日!(今日も4千文字書いたw)

ブログを書く人は「ほんとうの目標」を設定すべきである

2018年の記事から、よいものをピックアップして再掲しています。
本日の記事は読了まで10分ほどかかります。
お時間のある時にお読みください。

 

__________________________

 

 

こんにちは、ブログを書いていたら「ほんとうの目標」がきちんと叶った、かんどーです。

 

 

わたしは、ブログのPVをアップさせることは大切ではないと思います。それより、書いたことを実現していくことが大事です。人生において大切なのは後者だからです。

 

ただし、偶然バズが起こったりして多めのPVを定期的に得ることができているのなら、それも維持しても良いと思います。理由は、自分のブログが広告媒体として機能するとそれなりに便利だからです。

 

 

★★★

 

 

2014年、わたしがブログを書き始めたのは、日本の接客業の理不尽さに疑問を持ったからです。でもそれを書いてしまうわけにもいかなかったから、「こうやってクレームを回避した」「こうやって自分を癒した」「こうやって自分を励まして頑張った」とか書いてきたわけです。

 

そのあたりから、ぼんやり思っていました。ありきたりの言葉になりますが「ここではないどこかへ行きたい」と。

 

わたしがブログを書き続けていたのは、それがブレないようにするためでした。わたしは人と話していると、相手に合わせてしまう。相手の言っていることこそが正しいと思ってしまうフシがあります。相手のことを尊敬していればいるほどそれは強くなります。それを推進力にして進むこともあるけれど、自分がブレるのは間違いないです。(最終的にはいろいろ織り交ぜて自分を作っていくわけですけど)

 

 

わたしの考える「ここではないどこか」は、当初は見つかりませんでした。海外旅行へ行くのは瞬間的には楽しいけれど、帰国して3か月もすればまた疲れてしまう。日本で楽しめることを始めても、長くて半年で飽きてしまう。ランニングなどの健康維持目的のことは続きますが、ランニングが楽しいから生きていけますかと聞かれたら、そうではない。

 

わたしは、2年くらいの間、ブログを毎日更新しながら「何をどうしたら、ここではないどこかへ行けるのだろう」と自分に問い続けていました。

 

そうして、毎日更新しているうちに、さまざまな分野のことをこのブログに書いてきました。海外旅行が楽しかったこと、青年海外協力隊に参加したこと、昔クラブシンガーだったこと、子どもの頃から男尊女卑が嫌だったこと、いじめられていたこと、恋愛のこと。

 

書くほどに自分のヒストリー的なものがクリアになって、自分がほしい世界が見えてきました。それは日々コンプレックスとの戦いでもありました。

 

ブログを書いていて克服できたのは「学歴コンプレックス」と「英語コンプレックス」です。どちらも、気にしなければコンプレックスになどならないのですが、わたしはものすごくこの二つを気にしていました。自分に学歴がないこと。英語がまったく話せないこと。

 

しかし、すでに自分の会社を起業していたわたしにとって、これらのコンプレックスを克服する方法はとても難しかった。

 

通信制の大学に通う事や、英会話教室に通うことを考えましたが、どちらも「仕事を優先してください!」という社内の無言の圧力と「どうせ英語なんて使わないじゃないですか!」という意見によって却下されてきました。そう、日本国内においてわたしの武器は「営業力」と「販売力」ですから。それを今フルに使って会社を安定させてくれ、と言われ続けていたわけです。

 

わたしはこの頃から、海外で仕事がしたいとずっと考えていました。海外で仕事をして、海外で生活する。これだけが夢であり目標でした。誰かにこれを話しても「英語も話せないのに?笑」とバカにされるので誰にも言いませんでした。

 

でも、海外旅行へ行った際少しでも外国人の人とコミュニケーションが取れるようにあえて交流型ゲストハウスに泊まるなど、少しずつ工夫していきました。全然話せなくて困ることばかりでしたが、その状態も「今がきついだけ」と自分に言い聞かせて堪えました。 

 

 

社内でも、静かな戦いが始まりました。

 

わたしは会社を安定させるため、自分も現場に入ってスタッフ全員の気持ちがわかる状態で仕事を続けました。毎月毎月、自分の実績とスタッフの実績とを照らし、自分自身の販売力を高めました。スタッフの実力もどんどん向上して、クライアント様との関係も良くなっていきました。新しい仕事を任せてくださるクライアント様もあらわれ、みんな自信を持って仕事ができる状態が続きました。

 

 

そんな折、わたしに「無料留学」の話が舞い込んできました。絶対に無理だと思っていた「ブロガーを無料で留学にご招待」という枠に選んでいただけたのです。

 

わたしは1か月半のフィリピン、セブ島滞在の権利を手に入れ、1か月半の間会社の仕事を休む許可を得るため奔走しました。もしここで行かなかったら、たぶん絶対にわたしは海外で生活できない。絶対に行く! という強い覚悟で社内、社外に許可を得ました。

 

いろいろ工夫した結果、留学に行けることになり、無事1か月半の留学が終わりました。終わってみると、それまでより英語が身近になっていました。そして、短い滞在ではありましたが、わたしにも海外起業のチャンスがある! と思いました。

 

具体的にはセブ島で屋台をやる」というとてもシンプルなビジネスです。しかし普通に考えたら、諸々の交渉、契約業務などでかなりの英語が必要になります。ここで気持ちが折れてしまう方もいるのではないでしょうか。

 

わたしの場合は、「契約や交渉こそ英語を伸ばすチャンスだ」と考えました。そもそも日本では営業の仕事をしていたわけですから、契約、交渉などは毎日の業務です。それを英語にするだけ。使いそうな用語をあらかじめ調べておけば絶対に行けると思いました。 

 

結果はその通りで、足りない部分はあるものの、わたしの英語力でも海外で屋台をするところまで、なんとか行けたのです。

 

 

3月から、待ちに待った、わたしの人生の目標であった「海外で生活する」が始まります。

 

これまでたくさんの人に「お前には無理www」「夢見ることはいいことよw でも現実見なさいよw」「いるのよねぇ、憧れだけで海外でシゴトーとか言っちゃう子w」とバカにされてきました。練習のために職場で英語を使っていると「下手な英語使ってるのバカみたいですよ」と言われたこともありました。「あはは、そうだよねw」と笑っていましたが、心の中で全部を燃料にしてきました。だからこれらの言葉をくれた人達にも、実は全然怒ってなくて、感謝しかないのです。わたしに火をつけてくれてありがとうと。

 

 

海外起業にあたっては誰の力も借りたくなかったし、日本の会社から出資ももらいたくなかった。個人として、やりたかった。

 

売れなかったら生活が厳しくなるし、撤退しなきゃならない。部屋代も安く抑えて、売れなかった場合に対策を練って立て直す時間を持てるようにしなきゃならない。

 

それらの条件を満たして、3月からわたしの海外生活がスタートする。

 

 

ブログに話を戻すと、わたしは「ブログで夢をつかんだ」と思っている。「ブロガー枠で無料語学留学」に行けたことが、人生のターニングポイントになったから。(自費で行くと言ったときは、絶対ダメだと言われたが、招待されたと言ったら「まあ、それなら…」と納得してくれた経緯がある)

 

このブログが、わたしの人生の「ほんとうの目標」をかなえてくれた。ダンクシュートを一発ぶちかましてくれたのである。

 

 

 

ここからはもう、ブログの力には頼れない。

 

ブログはもちろん更新するが、今までのような勢いはないと思う。なぜなら、わたしのほんとうの目標である「海外生活」をかなえることができてしまったからである。

 

ここからはリアルな生活が大変になるフェーズとなり、仕事や現地生活だけで手いっぱいになると思う。その過程を書き記すことは出来ると思うけれど、今までのようにどす黒いものが渦巻く「リアルなアラフォー」のわたしを投影できるかというと、ちょっと難しい。もう過去も振り返らない気がするし、誰のことも恨んでいないし。恨まなくなったし。

 

 

今ブログを書いている人に伝えたいのは、「ブログを続けることが目標」「5万PVが目標」とか、小さくまとまらないでほしいということ。

 

もちろん「小目標」としてそれらも必要だしわたしもそういうのは持っている。しかしその先に大きな目標を設定してほしい。大きな大きな目標でいいと思う。政治家になりたいでも。世の中のここを変えたいでも。そして何より大きな目標とは「幸せになりたい」ではないかと思う。

 

あなたが幸せになれるブログをかいてほしい。

 

心からそう願ってテキストを打てば、それは必ず響く。毎日共鳴させることでそれは必ず現実になる。脳の力は偉大で、毎日繰り返し書いたり話したりしていることは定着するのである。わたしは恨み節を書きつつも、いつも心の中で「ちくしょー絶対海外で暮らしてやる」と思っていた。(会社を経営しているのでわたしはこれをテキストとして打つことができなかった)

 

 

願いというのは、毎日願っていると、本当に叶うのである。

 

 

願ったことが必ず叶うのなら、願ったほうが得だと思いませんか。だから願いましょう。ブログを書きながら「ほんとうの目標」を!

 

 

それじゃあ、また明日!

同性カップルが手をつないでいる姿が好き

こんにちは、私です。

先日、少し遠出をした際、街を歩きました。そしたら、私の住んでいる場所ではまず見かけない、同性カップルさんがいたのです。仲睦まじく手をつないでいました。

 

 

私はそれを見てうれしくなりましてね。


私の理想とする社会って、性別や国籍や男女が差別されない社会なんですよ。そういう社会にしたいと願う「同士」のような気がして、とてもうれしくなったのです。


マイノリティの立場になると、隠れていなければいけない、と思ってしまう人が少なからずいます。私は何事もオープンにしたいと思っていて、結婚しない理由も「夫婦別姓法案が20年間通らないからだ」と言い切っています。

私が20代の頃に夫婦別姓法案が通っていたら、1回くらいは結婚していたと思います。若いころって勢いがありますから。


でも、私が出産可能年齢を超えた今ですら、法案は通っていないわけです。


もう……ないですね笑 

私は自分の人生で、いろんなことを犠牲にして子育てをしたり、誰かの人生の責任を取ることもしないです。取るのは自分の人生の責任だけです。


自由に動けるのはありがたいです。40代半ばになって「海外に就職しに行く」なんて、家族がいたらできないと思います。でも今日本は泥船です。乗っていたくないと思います。


海外就職、決まるといいなあ。。。


来年の4月まではのんびり田舎暮らしを楽しみます。


それじゃあ、また明日!!

 

地方の女性差別は根深いし、問題視さえされていない

現在、とある地方に住んでいます。西日本です。居住2年目で、定職にも就いているので、旅行気分の滞在ではないと思います。


私の住んでいる地域では、「女性差別はないもの」という認識のようです。


以前職場で、ハラスメントや差別の研修を行う際、

女性差別
外国人差別
・同性愛者差別
・インターネットによるいじめ

こういったカテゴリがあって、どのカテゴリで研修を行うかをアンケートで決めたんです。そうしたら、インターネットによるいじめ一択で、女性差別に票を投じたのは私一人でした。


じゃあ女性差別がない地域なのか? というと、女性の非正規雇用率は非常に高いし、家のことをやりながら「補佐的に」働くという認識が根強いです。結婚率も同時に高く、女性の人生は「結婚したら非正規になる」という目に見えないレールがあるような場所です。

県や市の議員を見ても、女性の数は申し訳程度しかいません。選挙に行っても候補者の中に女性がいないので、投票したい人物がいねえよって思いながら、消去法で「この人はないな」と思う人以外に投票するという投票の仕方です。

政党は自民党一強です。


そして、女性たち自身が「女性差別」という意識が薄いように思えます。

以前、職場の男性の方が育休を取得されたのですが、それに対し男性の同僚の方々は「そういう時代になったね」「大事な時期に一緒にいるっていいよね」という感想を口にしていました。

そこに女性の方が会話に加わり、「生後一か月って、女の人の仕事しかないじゃない、育休取っても、やることあるのかしら?」と言っていました……。

フォローするように、その場の男性が「家事……とかやるんじゃない?」と言っていましたが、ちょっと変な空気になってしまいました。


私は産んだことも育てたこともないのでわからないのですが、生後1か月って夜泣きとか授乳とかで、お母さんは寝られないと聞きます。そんなとき、昼間に夫が家にいて、3時間寝かせてくれたらすごく助かると思いました。

昼間の時間で、お母さんが授乳や育児をしている間、家事をしてくれるというのも助かります。とにかく「育児しながら家事」という最悪の状態にしない、というのが大事なのではないかと思いました。


しかしながら、まだまだ男性全員が育休を取っているわけではありません。

かなりリベラルな考えの持ち主の方がたまたま取得した、というだけで、その方以外は遠慮しているんだと思います。子供が生まれても男性は育休、取らないです。


せめて「育児って二人で協力すればなんとかなるよね!」という状態まで持ってこないと、出生率も上がらないと思います。お金の問題もありますが、やっぱり夫婦二人で協力しないとうまくいかないと思うのです。



地方で暮らしていると、知らず知らずのうちに

・謙虚で
・調和を重んじて
・和を乱さない

そんな人になっていくような気がしました。

私は自分の尖った部分が好きだし、それが失われるのがすごく怖かったから、今の仕事を来年の春まででやめる決意をしました。やめたらすぐ海外就職に向けて動きます。就活するわけです。


やめる、と決めてからは気楽に働けている気がします。

今の人間関係の中にどっぷり居なくていいんだと思うと、上記のような発言もどこか他人事になります。(大問題だとは思いますが)


そういった意味では、日本国内としては、住みやすさはともかく、東京の人の方が多様性を認めているし、差別に対しても自分事ととらえて、発言もしやすいと思います。


地方の闇は深いのですが、一見そう見えないところがまた怖いと思いました。

だって、差別は生活に密着して、当たり前のように行われているからです。


こんな怖いことはありません。
大きな声を出したら明日からここに住んでいられません。

居づらくなるのがいやなので、なにも言わずに来年の春に去ります。


あ、食べ物は非常に美味しいです。お水も水道水が井戸水みたいに美味しいです。
女性らしく謙虚にふるまっていれば、ある程度の幸せが保証されているんだな、とは思います。何事にも無理強いされたりしません。
※責任のあることを任せてもらえないことと同義です。


私は楽がしたくて生きているわけではありません。

しっかり責任を取るから、ある程度の重みの責任を背負って仕事がしたいのです。


だから、今の場所にずっとはいられないのです。


私がこんなことを考えていることを、周りは知りません。
こっそりここに書いているだけです。

地方に住んでいる方で、こういう思いを秘めている人は実は多いのではないかと思います。


問題を提起しただけで申し訳ないですが、今日はここまで。
それじゃあ、また明日!

「見切り発車」で経験を積め! 経験が人を「プロ」にする

2018年の記事から、よいものをピックアップして再掲しています。
本日の記事はビジネス、お仕事系の記事です。

 

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こんにちは。人生わりと見切り発車の、かんどーです。今日は、わたしが実践している「見切り発車」についてお話します。

 

 

見切り発車って、あまり良くない意味で使われることが多いのですが、今回は良い意味で使っています。「この仕事は初めてだけど、過去の経験を生かしてやり切れるだろう」とまず請けて、その仕事をやりきってしまうのです。その過程で学びもあるし、そうすることで自分に実績が残ります。(ただし、絵を描いたこともないのに絵の仕事を請ける、とかはただの無責任なのでダメです。ある程度の下地があり、やれそうなことが前提です)

 

そういう「ちょっと勢いに任せた見切り発車」で実戦を積んできた話を書きます。慎重であることは素晴らしいことですが、ここぞという時には、思い切って「見切り発車」で仕事を請けることも必要かもしれません。

 

では、どうぞ。

 

 

事例その1:過去に事例のない仕事を請ける


これは起業してすぐのころに実践していました。わたしの会社は今年で9年目となりますが、起業1年目は本当に、仕事が無くて困っていました。毎日テレアポと飛び込み営業を繰り返していました。

 

そんなことをしていると、ひょんなところから、様々な仕事の依頼が来たものです。

 

1.「チラシ配りの仕事なんだけど、お願いできる?」
2.「来週の土日、イベントの司会者って用意できる?」
3.「〇〇ショップに3人一組のイベントチームを用意できる?」

 

どれももちろん、弊社では請けたことのない案件でした。ただし、のチラシ配りは、起業する前に1年くらい早朝のアルバイトでやっていました。配り方のノウハウもわたしが知っていたので、これはいけると思い受注。友人知人の中でその日に働けるスタッフを用意し、チラシ配りのノウハウをわたしが直接教え、当日はしっかりチラシ配りを完遂しました。

 

 

のイベントの司会者は、正直未知の世界でした。しかし話を聞くと、すでにいろんな場所で実施されており、大学生のアルバイトさんなども楽しく働いている仕事だといいます。わたしは「わたくし司会の経験がありますので、お請けさせていただきます」と言って受注しました。(一応、クラブシンガー時代にMC、司会をしていた経験はあるので)

 

そこからは、実際にそのイベントをやっている店舗を聞き出し、そこへ足を運び、どんなイベントでどんなしゃべりをするのかを一字一句メモ取りしました。(その仕事はゲーム大会の盛り上げ・司会というポジションでした)事前調査がよかったのか、なんとかこなすことができました。その後、「急な穴埋めに対応した」ことが評価され、そのクライアントからはイベントの受付スタッフなど別の仕事も回してもらうことができました。

 

 

の3人一組のイベントチームを作って、土日のイベントを盛り上げる、についてはわたしが前職でイベントディレクターを経験していたため、二つ返事で請けました。この仕事は絶対にできると思ったのです。わたしがディレクターをつとめ、ガール2名を用意して集客すればよいのです。

 

……しかし、思わぬところで大変でした。まず、コスチュームをどこで手に入れるのかわからない。マイクは? 音楽はどうやって流す? ビンゴの機械どうするの? すべて手探りでしたが、知人の伝手をたどり、なんとか当日までにすべてのツールをそろえることができました。実務は経験があったのできっちりこなせました。この仕事も毎週土日に受注することができ、起業したての会社にとっては大変助かる仕事となりました。(もちろんわたしが毎週イベントディレクターとして丸一日現場に立ちました)

 

 

これらは、見切り発車ともいえる受注でしたが、ぎりぎりのところで「わたしはやったことがある仕事だ」とGOサインを出したり、「ほかの現場を視察して、その通りにやればわたしにもできるはずだ」とGOサインを出しました。ツールが集まらなくて手こずったときに助けてくれた方とは、その後ずっと長い付き合いが今でも続いています。

 

仕事での見切り発車はだいたいこんな感じです。次に、音楽での見切り発車。 

 

 

 
事例その2:大して弾けないのにギター弾き語りを人前でする


これは、お金をいただいての「仕事」ではまだないのですが、どんな世界でも「人前でする」となると気合いが入るもの。そして「人前でする」ための準備をしていると、自然に必要な技術が手に入るんです。

 

わたしはギター初心者なのですが、とにかく早くレベルアップしたい。それで、まだろくにコードも鳴らせていない状態の頃から「ギター始めたんです」と会う人みんなに言っていました。

 

すると……

 

「2月に弾き語り、やらない?」

 

というお誘いが来ました。2月!   あと2週間しかないやん!   と焦りましたが、かしこまったライブでもないし、弾き語りをみんなで楽しもう!  みたいな参加型のイベントであったことから、自分なりに事態を整理していきました。

 

・弾き語りできる曲のリストアップする
・5曲しか無かったので、2曲追加で練習、形にする 
・人前だと緊張することを差し引き、簡単な選曲をする

 

あとは、心構えとして「ギターを失敗しても歌は止まらず、そのままのテンポで曲を最後までやり切る」「万一ピックを落とした時はとりあえず指で弾いて、一小節ブレイクを作ってポケットから予備のピックを取り出す」など、細っかいところまで決めていきました。

 

歌詞は当日になれば飛ぶ(忘れる)ことが想定されたのですべて読みやすく手書きで準備。逆にギターは忘れようがないくらい手に覚えさせていきました。

 

おかげで、当日はまったく焦ることがありませんでした。うまくはないし、安定もしていないけど、自分が楽しめたんです。全部が想定内であると必要以上に緊張もしないし、怖くないということがわかりました。(楽しめたというだけで、上手かったとかではありません)

 

この日のおかげで、3月にも同じイベントに参加させていただくことになりました。進歩が無いのは嫌なので、セットリストは全部変えようと思っていますw←無謀  

 

半年後にはギャラありの仕事を手に入れて、2年後には、誰もが納得するようなプロになっているつもりです。「あの人ギターうまいな」くらい言われるようになってやる!

 

音楽の話はここまで。次に運動の話です。

 

 

 

事例その3:マラソンを始めたばかりなのに大会の予定を入れる

 

これがもっともわかりやすい例かもしれません。

 

わたし、ランニングを始める→続かないのループを繰り返していた時期がありました。走りにいかなきゃと思うのに、体が嫌がる。それで思い切って、「皇居の周りを4周走るマラソン大会」に応募してみたんです。もちろん1人で。この大会に決めた理由は、参加費が安かったから。皇居周りって信号がないから、交通整理などの費用がかからないので、結果として低コストで大会が開催できるんです。

 

さて、確か3000円くらいで参加できたこの大会。申し込んだのが開催の3ヶ月前くらいでした。

 

その日から、「3ヶ月で21キロのハーフマラソンを走りきるにはどうしたら良いか?」を調べ尽くし、練習プランを作成。朝晩に分けて2キロずつ走ったり、足とお尻に筋力をつけるために階段を使ったり、とにかく体を動かしました。

 

1ヶ月後には、5キロランが余裕でできるようになり、2ヶ月後には10キロランが余裕になりました。最後の1ヶ月は、10キロ走りつつ、1回だけ15キロ走って、大会前の一週間はトレーニングのしすぎに気をつけて本番。

 

初めてのハーフマラソンは、無事完走しました。確か2時間5分。2時間切りはできなかったけど、満足でした。

 

そして、この大会でわたしはある団体と出会います。それは「盲人マラソン」の団体。目が見えない方と、その伴走をする人とを繋ぐ団体でした。

 

大会の最中、ずっと近くで走っている参加者の方がいたのですが、その方、隣の人と手を繋ぎながら走っていたんです。そしてその手を繋いでいる人が、リズミカルに声をかけている。

 

「10メートル先段差ー!」

「石がある、左に少し動きます」

「段差超えます3、2、1」

 

最初は、何をしているのかわかりませんでした。しかし近くに行くと「伴走者」のゼッケンが見えました。そして「伴走者」は途中で一度交代していました。それまで少し離れていたところを走っていた方が、さっと元からの伴走者と入れ替わる。よく見ると、手を繋いでいるのではなく、二人は小さな輪っかを持って、互いの走るペース、手振りのペースを合わせて走っている。

 

「え!?」

 

わたしは目からウロコでした。

 

目が見えない人も、走ることを楽しめる。そのためにサポートしている人がいる。そしてその人たちはその日の参加者の中で誰よりも楽しんでいるように感じたんです。

 

大会終了後、その方たちを見つけて話を聞きに行きました。

 

「あの、伴走っていうのは……」

 

この日をきっかけに、わたしは盲人マラソンの伴走トレーニング合宿に参加し、やり方を覚えて練習に参加するようになりました。1年くらい続けました。仕事がハードになったときに、事情を話して離れましたが、ものすごく楽しい1年間でした。

 

毎週日曜日には、代々木公園とかそういう場所で朝、集まって、身長やペースを考慮してペアを組む。ペアの方の視力は千差万別。全盲の方もいれば、視野角が狭い方もいる。伴走も、輪っかを持ってするのがほとんどだけど、視野角の問題だけの方の場合は、その方にとっての死角に石などがある時に声をかけるだけでよい。

 

このことがあってから、わたしの中で「走ることは、希望だ」と位置づけられました。

 

前向きになる。

気持ちが上を向く。

誰かと関われる。

 

見切り発車で、マラソン大会に参加して大きな宝物を手に入れたお話でした。

 

 

 

……いかがでしょうか。

 

見切り発車でも、物事を始める時は「人前に出る」「プロとして仕事をする」ことを自分に約束する。それだけで、ただの趣味や、無理かもしれない仕事がすべて、血肉に変わります。

 

もし今一生懸命取り組んでいることがあるなら、何らかの形で1歩、前に踏み出してみることをオススメします!

 

最後になりますが、今まさに進めているセブ起業も、まだたこ焼き焼けるようにもなっていないのに周りに「セブ起業する」と言いまくっていました。絶対その方が早いんです。

 

 



 

セブ起業については別で深く掘り下げた記事を書きます。この体験はプライスレスすぎるので。

 

それじゃあ、また明日!