今日もわたしの赤いくるまは、わたしを仕事の場所へ運んでくれる。仕事帰りに流れる景色を見せてくれる。
くるまは好きじゃなかった。運転がとても下手くそだったから。首都高で練習しろ、そうすればうまくなると言ったひとがいたけれど、それは全然わたしに合わない方法だった。わたしは都会の追い付け追い越せの道は好きではなくて、自分のペースで走れる、前も後ろも誰も走ってないような道が好きだった。
ある出張案件で、どうしても車が無いとだめな場所があった。電車やバスやタクシーを使えば何とか行ける案件がほとんどの中、その案件だけは車が無いとどうやっても現場にたどり着けなかった。当時わたしはどうしてもその案件が受けたかった。しかし行ける人がいない。わたしの会社は、免許自体を持たない人や、免許はあってもペーパーの人が多い。
わたしは自分が行くことに決めた。
ものすごく怖かったけれど、近くのインターから高速に乗って、左車線をトロトロと走った。たくさんの車に抜かれたけれど、マイペースで軽トラックの後ろについて、なんとか目的の場所にたどり着いた。
初めて自分でガソリンを入れた。セルフのやり方がわからないから、入れてくれるところで入れてもらった。
ビジネスホテルと現場の往復の日々が始まった。そのホテルの駐車場は驚くほど広くて、普段はバックで駐車なんてできないのに、全然車が無い奥の方で練習しながら停めたら、ちゃんと白線の中に停められた。
現場で用意されている駐車場も、びっくりするくらい広かった。みんな横一列に停めていたけど、やっぱり奥の方はひろびろとスペースがあいていたので、何度も切り返しながらバックで停めた。
…とにかく死にもの狂いの移動が続いて、仕事より往復の高速道路が心配だった。片道4時間以上かかる場所だったから、いつも前日からビクビクしてた。前々日くらいから体調を整えて、地図を眺めたりしていた。
その出張も何度か続き、次にもう少し近い出張がはじまった。そこは片道2時間半くらいだった。その場所へは30回以上車で行った。行っているうちに、運転に慣れた。完全に慣れた。
プライベートでも車を使うようになった。それまで電車で都心に出ないと行くことができなかった大型書店も、車を使って県内の書店に行くようになった。今ではわたしの休日は、大型の駐車場を備えた喫茶店とこの大型書店に行くのが定番だ。
どんなことがあっても、くるまに乗るときはニュートラルな自分でいないといけない。感情を出しすぎては、運転が荒くなってしまうから。赤いくるまはわたしをニュートラルに戻すことをしてくれる。
そして、仕事が終わったあとの疲れも吸収して、悲しいことがあったときの涙も吸収して、わたしが消化しきれなくなりそうな、たくさんの理不尽を飲み込んでトコトコと走ってくれている。
とても可愛いくるまなので、とても気に入っている。
そろそろ乗り始めて5年になるけど、最初の一台がこの子でよかったと心底思う。もう可愛すぎて乗ってて愛おしい。
今日もいろいろ吸収してもらった。ぜんぶなくなることはなくても、くるまに乗っている時間は少し心が軽くなった。わたしは自分の心を軽くする手段をたくさんたくさん持っていると思う。そうじゃなきゃ生きていかれない。
明日もくるまに乗る。仕事に行く。わたしは動き続けていなければ、きっと何もなくなってしまうから。
★今日の過去記事★