接客業は卒業したよ! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

人生のイルミネーションは、点灯式だけが美しいのではない【続】

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こんにちは。昨日の小説の続きです。ご興味のある方だけどうぞ。

 

 

この小説は後編です。前編はこちらです。

 

 

www.kandosaori.com

 

 

 

 

人生のイルミネーションは、点灯式だけが美しいのではない【続】

 

 

ビストロ「ルーチェ」は、聖なる夜、二組目の客を出迎えた。正統派と言おうか、二十代後半のカップルであった。

 

カウンターの常連夫婦はシャンパンとオードブルを存分に楽しみ、メインディッシュに合わせる赤ワインを選んでいる。ここでも妻ははっきりと意思表示をした。

 

「味も香りも、思い出に残るようなワインが飲みたいわ。ボトルでゆっくり」

 

真理亜は、ベタで申し訳ないのですが、と前置きした上で、太陽がにっこり微笑んでいるエチケット(ワインのラベル)を夫婦に見せた。

 

「LUCE(ルーチェ)、です。お店の名前と同じですが、歴史はこのワインの方がずっと古いです。一度飲んだら忘れられない、しっかりとした味です。時間経過にも強いので、ゆっくり楽しまれても、ずっと香りを楽しめます」

 

夫婦は太陽のラベルに微笑み返し、LUCEを注文した。濃い赤がグラスに注がれる。その赤は、鼻腔に届いただけで人の心を高揚させ、口に含むとバランスの良い主張をした。肉料理とのマリアージュも最高だろう。

 

 

さて、二十代後半のカップル。こちらは男性がランチタイムの常連であるが、女性は初めてである。オーナーと真理亜はさりげなく男性に「今日は夜のご利用ありがとうございます」と声をかけ、女性客には、ようこそ来てくださいました、と親しみをこめて声をかけた。

 

ランチタイムでは、この男性客は先輩や後輩、いろんな人を連れてくる。お店にとってありがたい存在だ。仕事が忙しく、午後二時頃にランチを食べに来ることもあり、真理亜はこの男性客とは軽口を叩けるくらいの人間関係を築いていた。ただし今日は女性連れ。しかも特別な夜である。真理亜はあえてあっさりとした接客で対応した。

 

 

......しかし、その女性客、微妙に愛想がよくない。ちらとオーナーや真理亜を見る目がきつい。そして、男性との会話も、弾んでいるとは言い難かった。

 

幸い、いちばん奥のテーブルに案内していたので、オーナーや真理亜はあまりそのテーブルを見ないように立つことができた。人には聞かれたくない話や、見られたくない場面もある。この男性は、軽く食事でも、と意中の女性を誘ってみたが、予約までしてあって「ハメられた!」と思っているのかもしれない。

 

それならそれで、軽く食事を楽しんでくれれば良いと思い、真理亜はクリスマス特別メニューのほかに、レギュラーメニューのパスタやピザのメニューも添えて手渡した。

 

 

「マルゲリータピザ、あとビール」

 

女性客はレギュラーメニューのいちばん上にあったピザを注文した。ドリンクメニューには目すら通さなかった。

 

かしこまりました、と真理亜は応えて、ビールふたつとピザの注文を受けた。ため息が出そうだった。しかし、この後すぐに三組の客が来店し、店内は満席となった。

 

フリーであけておいたカウンター席にも、急に会えることになったらしい近所の大学生が座った。みんな、クリスマス特別メニューを注文した。ワインも思い思いのものを選んでくれて、店内は狭いながらも、ワインたちが放つ花のような香りや、肉の焼ける香りにつつまれた。

 

肉料理はチキンとビーフの二種類を用意したのだが、カップルで一つずつ頼んでシェアする客が多かった。そうなることも見越して二種類のメインディッシュを用意したので、オーナーと真理亜は目を合わせてにっこり笑った。

 

 

「すみませーん!   フライドポテトひとつ!   あとビールおかわり!」

 

いちばん奥のテーブルから注文が入った。 

 

真理亜は、聞こえていたものの、女性の頑なとも言える態度が気になり、席まで行き、ビールとフライドポテト、それと男性からアヒージョの注文を受けた。クリスマスメニューには目もくれないものの、二人の態度は明らかに柔らかくなっており、時折、共通の友達の話などで笑っている。友達以上恋人未満......そんな仲の良い男女がそこにいた。

 

店内はクライマックスの盛り上がりを迎え、すべての肉料理が供されると、しずかにその盛り上がりの余韻へと雰囲気を変えた。真理亜はすべてのテーブルに、キャンドルを配った。そして店内の照明をひとつだけ、落とす。こうすることで、客の声のトーンが一段下がる。いわゆるムードというやつだ。

 

店内が落ち着いたので、真理亜はいちばん奥のカップルのテーブルへと向かった。まず女性客へ声をかける。

 

「初めていらしてくれて、ありがとうございます。」

 

次いで男性客へ。ここで初めて男性客の名前を呼ぶ。

 

「ヨシカワさん、今日はディナータイムに来てくださって、ありがとうございます」

 

「ごめんなさい、実は......」

 

女性客は、来店した際の不遜な態度を詫びた。そして、自分の家が日本では少し珍しい、敬虔な仏教徒であり、クリスマスを祝うことが禁止されているのだと話した。真理亜は、納得しました、という顔で真摯にうなずき、そしてそのあと、女性客に、にっこりと微笑んだ。真理亜は口を開き、ゆっくりと話す。

 

「ワインは、実はクリスマスって全く関係ないんですよ。なんとなくそれっぽいけど、言ってしまえばただのアルコール」

 

すると女性客。

 

「ですよね!   わたしもワインくらい良いじゃない!   って思ってたんですよ」

 

「もしかして、ワインがお好き......ですか」

 

「はい、お酒の中ではいちばん、ワインが好きです。詳しいとかではないんですけど」

 

真理亜は女性客に微笑んだまま、会話を続けた。

 

「とっても地味なワインがあるんです。今日は出番がなくてかわいそう。でもとっても美味しいんです。良かったら一杯だけ、飲んでみませんか」

 

「地味なワイン......」

 

ここでヨシカワと女性は目を合わせ、二人でうなずいた。

 

真理亜はワインボトルを持って、テーブルに戻ってきた。流れるような手つきでボトルのアルミキャップをとり、コルクにすっとワインオープナーの先端を刺す。位置を決めたらあとは迷わずにくるくるくると回していく。ある位置まで来たら、オープナーの一部をボトルのへりに引っ掛け、てこの原理ですっとコルクを引き抜いていく。

 

ボトルは音を立てずに開いた。

 

小さめのワイングラスに、真理亜はそのワインを注いでいく。少し暗めで、透明感のある赤がグラスの中で揺れている。

 

「では、ごゆっくりどうぞ」

 

 真理亜はフロアに戻った。キッチンを見ると、オーナーがワンオペでデザート作りとドリンクの注文を受けており、いつもの二倍の速さで動いていた。それを見た真理亜はくすっと笑い、キッチンに入り、元のオペレーションに戻った。

 

常連夫婦は食事をすっかり終え、満足そうにオーナーと真理亜にお礼を言った。飲み終えたワインのボトルを記念に持ち帰りたいと言ったので、専用の袋へ入れて手渡し、二人で外まで見送った。

 

夫婦が飲んだ「LUCE(ルーチェ)」には、強い灯りという意味がある。太陽のように力強い光のようなワイン。飲んだら元気が出るようなワイン。そろそろ五十代にさしかかる夫婦は、この力強いワインをとても気に入ってくれた。ビストロ「ルーチェ」の由来のひとつは、こうして来てくれるお客さんを元気にしたい、というものだ。オーナーが言っていたことだが、真理亜もそれには同感だった。

 

 

 

その後、カップル客たちもそれぞれのタイミングで席を立ち、それぞれの場所へと歩いていった。そのたびに二人で外まで見送りをした。

 

見送りラッシュが終わり、店内はいちばん奥の、例のカップルのみとなった。

 

「ワインは、いかがでしたか」

 

真理亜がいたずらっぽく聞くと、女性客は、

 

「うん、確かに地味ですよね。落ち着いているっていうか......でも、地味って言っちゃうとかわいそうな感じ。なんて言うんだろう......繊細?」

 

真理亜は我が意を得たりといった気分で「そうなんです!」と返す。

 

「ひときれ残っていたピザともすごくよく合って驚きました。このワイン、香りもいいし、わたしは大好きです」

 

「バルバレスコ。このワインの名前です。ちょっと高級なスーパーとかでも気軽に手に入りますから、ぜひ」

 

ヨシカワは多くを話さないものの、彼女がすっかり機嫌を良くしてくれて嬉しそうだった。

 

真理亜は思いだしていた。自分が子どもの頃も、クラスに一人、クリスマスグッズを買うことを禁止されている子がいたことを。確かその子の家も敬虔な仏教徒であった。周りが理解さえしていれば何も問題はないのだけれど、その子はクリスマスの時期が憂鬱だと言っていた。人が、自分だけ何かを禁じられた状況を受け入れるにはそれなりの時間がかかる。

 

ボトルにはまだ半分ほどワインが残っていたが、ヨシカワが、

 

「良かったら、あとでオーナーと飲んで」

 

と言い、なんとなく会計をして、なんとなく二人はふわふわと店を出た。見送りのとき、女性客が「わたし、夜また来ると思います」と真理亜に言った。

 

ヨシカワは「あ、そんじゃ俺も夜来る」と言い足していた。ヨシカワは、ランチも夜も来てくれるようになりそうだ。 オーナーと真理亜はくすっと笑った。

 

 

ビストロ「ルーチェ」。

 

オフィスや住宅が立ち並ぶ大通りから一本入ったところにある、小さなビストロである。特別な外装もない。特別高級でもない。ワインも手頃なものばかり。

 

しかし、この夜の客は、みな不思議と魔法にでもかかったように幸せに満ちて帰って行ったのだった。

 

真理亜の自論だが、お店にはたまに魔法ががかることがある。特別なことをしなくても、居合わせた客の雰囲気やちょっとしたこちらの接客で、お店の中に幸せなエネルギーが満ち溢れることがあるのだ。真理亜はその瞬間が見たくてこの仕事を続けていると言ってもいい。

 

ワインにも様々なものがある。力強く、エネルギーを与えてくれるようなワイン。繊細だけれど、そっと自分の心に寄り添ってくれるようなワイン。

 

 

この話を、あとでオーナーにしようかな。

 

 

あの、地味な......じゃない、繊細なワインを二人で飲みながら。

 

 

ビストロ「ルーチェ」にまだ魔法が残っていたかどうか、それはこの二人だけの秘密なのであった。

 

 

~完~

 

 

 

 

 

 

すみません、エロ入れるの忘れました...

 

いつかまた書きます...

 

メリクリ!    トリスウイスキー!