※短編小説です
月と女と発情期の猫
やけに月の明るい夜であった。女が男を思って月を見上げれば、男も女を思っているような、ご都合主義的なのんきさのある月であった。
月明かりの下、阿呆な女が歩いていた。あたりは静かな道であり、猫が発情の声をあげていた。独特の奇声。一瞬聞いたとき女は、人間の喘ぎ声かと勘違いをした。しかしすぐに猫の発情の声であるとわかり、女はただ帰路を歩いていた。
「ンミャァーーーー」
「アンミャアア――」
「ニャオウーーーンナアーー」
次々と音色を変える猫の奇声に女は頭がおかしくなりそうであった。女は脳をあまり使わなかった。頭ではものを考えずに、胸のあたりでものを考える。しかしその夜は胸の先端の二つの突起と、下半身の中心にある雌穴とでものを考えていた。
(今日、しないとおかしくなっちゃうわ)
女はバッグから携帯を取り出し、手近な男にラインを送った。三人に送れば一人は返ってくる。返ってきたら、その男を家に呼んですればいい。今夜はどの男かしらと、全身が性器になった女はテラテラと唇を光らせながら考えた。
A男がいちばんに連絡を返した。女はA男を家に呼び、テラテラと光る唇でA男のものをおもいきり咥え、ヌラヌラとあふれた女性器へA男を導いた。A男は一度目の射精のあとそのまま二度目ができる男であった。A男は一度目の射精までは女のペースであったが、その後は女を悦ばせることに徹し、二度目の射精をするまでの間に女を何度も絶頂させた。
「ああ、好き、好きよ」
女は喘ぎながら言った。心のない女の声はむなしく天井から反響した。好きだと言えば、感じると言えば、会いたいと言えば男は自分を抱いてくれる。そのこと以外になんの魅力がこの人生にあるというのか。
つけっぱなしのテレビから、のんきな女性アナウンサーの声が聞こえてきた。
「明日の予報は晴れ、日中はあたたかい日になるでしょう」
語尾がきゅっと上がるような絶妙な甘え声。外では猫がまだ、これでもかと発情している。テレビからはどうでもいい天気予報。
女は摩擦の快楽に溺れながら、おカネのことを考えていた。このアナウンサーは月にいくらもらっているのだろうか。女は自分の感情がすり減るまでこき使われて、月給は最低賃金程度であった。
女の携帯代は月2万を超えている。分割払いですぐに新しい機種を買ってしまうので、月の代金が高くなるのだ。デパートに行くと店員にメイクをされたり試着を促されたりして、すぐにリボ払いで買ってしまう。はやりのネットゲームは、飽きる直前につい課金をしてしまう。女の月々のカード支払い額は、13万だった。女の給料のほとんどが支払いで消えていく。家賃など払えるはずがない。だからキャッシングをしてとりあえず現金を作って家賃を支払う。
女はおカネのことを考えるといつも憂鬱な気持ちになった。考えるのがいやになり、空を見上げたら月があって、月をみていたら猫が発情していて、猫が発情していたから自分もしたくなった。
月はやさしく、小さな破滅をぎりぎりまで包んでいる。女のからだも、小さな破滅とA男の漲る男根を限界まで飲み込んでいる。だいじょうぶ、明日は晴れるのよ……女は憂鬱な気持ちを無理に心の奥に押し込んで、目の前の快楽に集中した。あと数回擦られたら絶頂しそうだ。A男の男根は絶妙に女の快楽のじゅうたんを擦っていった。
「あっ、いく……」
女はそのまま気を失うように絶頂し、一瞬の安息のような深い眠りの森へ堕ちていった。
完
この記事は、鉄仙(id:sechsmerquise)さまを煽るようにして叩きつけた、事前にテーマを決めて書き進めた短編小説でした。
テーマはほんのりと、薄いカーテンから透ける月のように使うのが好きです。うふふ。あと2作書く予定ですので、お楽しみに。